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ヒツジシネマ

新卒フリーランスライターによる映画ブログ

【イラストあり】映画『薬指の標本』の個人的解釈。あの世とこの世の狭間に棲む妖怪に捕らわれたイリスの話

恋愛 洋画 幻想的 アンニュイ フランス映画

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映画『薬指の標本』は、小川洋子が書いた同名の小説が原作となっています。小説を読めばしっかり理解できるストーリーなんですが、映画だけ観ると少しわかりにくいなと感じる部分がありました。

そこで今回は「個人的にはこう解釈したよ!」というのを書いていきます。自分なりにこの映画を読み解く上での参考になれば幸いです。

※淡々としていてネタバレという概念があまりない映画なので、観ていなくても問題ないかと思いますが、少しでもあらすじ以外の内容を知るのが嫌な方は注意してください。

3分でわかる『薬指の標本』あらすじ

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森の奥の標本室

サイダー工場での勤務中、うっかりミスをして薬指の先を失ったイリス。工場を辞め仕事を探しに街に出たとき、偶然森の奥で古びたアパートを見つけます。そこは1人の男が経営する"標本室"でした。イリスはそこで事務の仕事をはじめます。

標本室には、家の焼け跡に生えたキノコや、元恋人からもらった”音楽”など、少し不思議なものを持ち込んでくる客が次々と訪れます。標本は、彼らにとって「嫌な思い出」を封じ込めるために行われるものでした。

縛られ、支配されていくイリス

ある時イリスは男に"元浴室"へ案内され、そこで赤い靴をプレゼントされました。そしてその日から、彼女と男は特別な関係に。イリスは身も心をも男に縛られ、"標本"というものにある種の憧れを募らせていきます。

ある日、「火傷を標本にしてほしい」と標本室を訪れた1人の少女。標本技師の男は、イリスも足を踏み入れたことのない地下の標本技術室に、その少女を連れて行きます。

地下室へ消えていく

少女は地下室から戻ってこなかったので、イリスは気になって火傷の標本を探し始めましたが、どこにもそれは見当たりません。そんなとき、アパートに住んでいる老婦人から、「事務員だった前任者の女性は、ハイヒールを履いて地下室へ行った次の日から消えてしまった」と聞かされます。

ますます地下室に意識を向けるイリス。そして彼女は、自分の名前と「薬指」と書いた標本試験管用のラベルを作り、地下の標本技術室の扉を開いて、中へと入っていくのでした。

予告動画はこちら

www.youtube.com

薬指の標本』を読み解くキーワード①"支配・束縛"

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標本技師がイリスに贈った"赤い靴"

イリスに赤い靴をプレゼントし、「毎日これを履いてほしい。僕が見ていない時もだ」と言う標本技師。この赤い靴こそ、映画『薬指の標本』におけるビッグキーワードです。

この赤い靴は、不気味なほどイリスの足にピッタリ。隙間なくイリスの足を包みます。しかし、それを見た靴磨きのおじいさんに、「その靴はいずれ貴女の足を侵すだろう」と忠告されるのです。

その忠告通り、履けば履くほど足に食い込んでいく靴。まるで皮膚と靴がくっついてしまったかのよう。

この赤い靴が示しているのは、標本技師に心も身体も縛られている、支配されていること。プレゼントされた靴を毎日欠かさず履くことで、イリスは物理的にも精神的にも男に強く支配されていくのです。

童話『赤い靴』との共通性

実はこの靴、原作では赤ではなく黒でした。しかしどうしてこの映画の監督ディアーヌ・ベルトランは、赤い靴にしたのでしょうか。それは、この話における靴がアンデルセン童話の『赤い靴』と似ている部分があるからだと思います。

※童話『赤い靴』については以下サイトをご覧ください。
ハンス・クリスティアン・アンデルセン Hans Christian Andersen 楠山正雄訳 赤いくつ DE RODE SKO

この童話と映画『薬指の標本』とでは、「赤い靴への執着」「靴と足が同化し脱げなくなる」という点で類似性があります。イリスもカレンも、赤い靴に執着し、ずっと履き続けたことで足と靴がとけ合ってしまう。ディアーヌ・ベルトランはそういった部分を重ねて、赤い靴を選んだのではないでしょうか。

一晩かけて拾わせた"麻雀牌"

ある日中国人がやってきて、麻雀セットを標本にしてほしいと、たくさんの麻雀牌が入った箱を置いていきます。イリスはその麻雀牌を、標本技師の男の前で誤ってぶち撒けてしまいました。

そしてそれを見た男は、「さあ拾うんだ」と言い、手伝うでもなく麻雀牌を拾うイリスをずっと見下ろし続けます。イリスは黙って一晩中拾い続け、朝になってようやく元に戻すことができました。

この少々異常な様子から、イリスが男に支配されていると読み解くことができます。これに限らず男はよくイリスに視線を送っているのですが、目で支配していると言ってもいいかもしれません。

ただここでは、もっとメンタル的なことにフォーカスしてみます。ポイントは「寝ていないこと」と「単調作業」です。

人の思考力、自律性を奪うには、「眠らせないこと」と「単調作業をさせる」ことが有効(下記サイト参照)。イリスは朝方にはぐったりしていて、男に抱きかかえられるほど力を失っています。そんな彼女が口にしたのは、恨みでも文句でもなく、「2人で朝を迎えたのね」という言葉。

イリスは身も心も脳も男に支配されているのでしょう。そして男はそのような支配をするのがとても上手く、イリスのようにイノセンスな女性は最も扱いやすいのです。

【参考URL】
眠らないとどうなる? | smart sleep library -眠りの図書館-
単調作業における精神的負荷の計測評価

薬指の標本』を読み解くキーワード②"あの世とこの世の狭間"

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時々現れては消える男の子

この映画には原作に出てこない1人の少年が登場します。この少年は突然現れては消える、座敷童のような存在です。イリスがはじめてアパートに訪れたときは、ベランダから彼女を見ていました。

彼はイリスと一言だけ言葉を交わしますが、その他では誰とも口をきかず、ただイリスを見守るだけ。妖怪のようなこの少年の存在が、この世とあの世の狭間という印象をより強調しています。

標本とは死であること

標本室にはさまざまな物を標本にしてほしいと客が集まります。彼らにとって、標本にするということは、その物やそれにまつわる思い出の"死"を意味しているのです。

標本にしたものを客に渡すことはなく、すべてアパートの空き部屋に保存しています。つまり古びたこのアパートには、"死"がたくさん置かれているということ。これも、"狭間"を印象づける要素だと考えられるでしょう。

2人の老婦人

この死んだようなアパートには、標本技師を除くと2人の住人が昔から住んでいて、それはどちらも老婦人。ゆっくり訪れる死を待っているかのように、悠々自適な暮らしをしています。

あるシーンで標本技師の男は、入浴する若かりし彼女たちを想像します。しかし今ではその浴室は乾ききっていて、2人の女性は老いている。若く瑞々しかった2人は、時を経て、死の目の前まで来ているのです。

原作では片方の老婦人は亡くなります。いつあちら側にいってもおかしくないことの象徴として、老婦人がいるのでしょう。

薬指の標本』を読み解くキーワード③"少女と女性の狭間"

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赤い靴に合わせて赤い服を着た

標本室で働き始めた頃は無垢な白いワンピースを着ていたイリス。しかし赤い靴をもらってから、彼女はそれに合わせたかのような赤い服を着てくるようになります。文字通り「俺色に染められた」のですね。

これは"少女"だったイリスが"女性"になっていくことも暗喩しているのだと思います。髪型も変えて、これまた文字通り「色気づいてきた」ということですね。

最後の日は白い服を着て、靴を脱いだイリス

イリスが自分の標本ラベルを作り、薬指(とそれにつながる身体)を標本にするべく、今まで入れてもらえなかった標本技術室へ入っていく最後のシーン。

 この日イリスは久しぶりに真っ白な服を着て、髪も簡単に束ねただけの状態でした。そして地下室に入る前に、赤い靴を脱ぎ、それをドアの前に置いて入っていきます。これも映画のみでの演出です。

おそらくイリスは、標本になることで永遠に男に封じ込められるため、もう赤い靴による刹那的な束縛は必要なくなったのではないかと思います。男からの束縛に憧れていたイリスは、これから本当の支配を手に入れられる。余計なものは捨て去って、すべて彼に委ねたのでしょう。

ラブストーリーなのかサイコホラーなのか

以上、個人的な解釈を述べてきました。この作品、TSUTAYAではラブストーリーに分類されているのですが、私にとってはサイコホラーな映画でした。

私は妖怪の類が好きということもあって、少年を登場させたり標本技師の男を原作より妖っぽい存在にしたこの映画化は素晴らしいと思います。

ここに書いたこと以外にも、イリスと一緒の部屋に住む俗的な男性の存在だとか、飾り窓のことだとか、原作にはないのに決してこの世界を壊さない演出はすごい!小川洋子ディアーヌ・ベルトランは似ている部分があるのかもしれませんね。

 

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↓映画『薬指の標本』よりイリス

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【画像引用サイト】
薬指の標本 - La Cachette
映画と原作 『薬指の標本』:e-徒然草:So-net blog
The Ring Finger (L'annulaire) - Watch online movie stream at VIDIOX.TV